ブログを再開?して、5日経ちましたが、今日も書きます。
習慣に定着するまで後16日。
誰かしらの役に立ったら嬉しいなとは思いつつも、自分の書きたいことをひたすら書いています。
私は、見知らぬ他人とコミュニケーションを取ることが、あまり苦ではないので、オンラインサロンなどでは、割と発言・行動をするのをためらわない方だと思います。
お陰様で何人かと繋がりができました。
ありがたいことにその中の一部の方は、記事を読んで感想をくれるので、どんなに変なことを書いても1人は読んでくれるはずだ、という謎の安心感と、意気込みに繋がっています。
いつもありがとう!
良い悪いを途中で決めない
道の途中で良い悪いを判断しないように意識しています。
良い悪いの判断は今までの自分の経験からひねり出されるもので、同じ経験をしていない人には、どうしてそういう結論になったのか、理解できないケースが多々あります。
こっちの道も、あっちの道も正解に繋がっているし、失敗にも繋がっています。
二択の選択肢において、どちらかを選ばなければ行けないことはそのとおりですが、どっちの先にも正解があり「選んだほうを正解にするように頑張る」という考え方が好きです。
自分が良いと思っている人の意見は、正しく聞こえます。
たとえそれが指摘や小言であっても受け入れやすいです。
逆に苦手な人の意見は、受け入れがたくなりやすいです。
全く同じセリフを言ったとしてもその人に抱いている感情で、良い意見・悪い意見としてしまうと、聞けるものも聞けなくなってしまうので、自分が損する可能性が上がります。
良い人とか苦手な人と決めつけずに指摘をありのまま判断できれば良いなと思います。
執着しない
受け入れることが大切
人間関係において、相手の話を聞く、要望を聞くなど、受け入れる、否定しないという考え方がとても大切だなぁと感じます。
話を聞いてもらえると嬉しいし、拒絶されないという安心感もとても大切だと思います。
仕事では、お互い立場があるし、守るものもあるので、お互いの言い分が衝突することも多いです。
相手に動いてほしい局面でも相手が動いてくれないことがあります。
今までは、「なぜあの人は動かないのだろう」「自分は悪くない」で思考を止めていましたが、その人にもその人の言い分・理由があって、「動きたくても動けない」というケースがあるんじゃないかと思いました。
私が「動かないあの人が悪い」と思っていても、相手が「自分が動く必要がない」と感じているなら、相手からすると「なんであの人(私)は自分に押し付けようとするのだろう」という感情を持っているかもしれません。
動いてくれたら嬉しいし、お互い協力しあえた方が効率も、気分も良いと思いますが、他人のせいにして、思考をやめている自分に気づいたので、理不尽・失礼だなと思うことがあっても、「自分は相手にそんな事してないかな」「もし相手にそうしてしまったら許してもらえるように今回は自分が折れよう」「やり方はどっちでも良いから先に進めよう」と思うようになりました。
自分の感情に正直に
自分がどう思っているかを確認するようになりました。
乗り気なのか、嫌なのか、面倒臭いのか、もっとやりたいのか。
自分の感情と反した動きをすると疲れてしまうので、そこを意識するようになりました。
一つ前の受け入れるで書いた内容と矛盾するようにも見えますが、自分の感情を理解した上で、それでも相手のために折れるという決断をしたのであれば、意外と耐えられます。
感情を無視して自分が気づかないうちに我慢がたまるといつか壊れますので、自分の感情をよく見るようにしています。
相手を受け入れるようにしつつ、自分がこれ以上は受け入れられない、と判断したときには、きちんと意見を伝えるようにしています。
とりあえずやってみる
人間自分の失敗からしか学べません。
どんなに仲が良い人、感性が似ている人であっても、その人の失敗から自分が学ぶことはできません。
「きっとこういうことだろうな」と想像することはできますが、それでも自分で失敗したときとは、経験値の量が違ってきます。
考えれば考えるほど色々なことが心配になり、余計に動き出せなくなります。
悲観的になるわけではありませんが、自分自身ができることなんて、大したことないのだから早くやってみようと考えたりしています。
近い目標と遠い目標をどちらも持っておくことが大切で、日々の行動はいとも簡単にできることに設定しておくと動き出しが早く、やっているうちに気持ちも乗ってくるのでおすすめです。
コメント