この記事はこんな人に向けて書いています
- 転職したいけど、自分にはまだ早いと思っている人
- 会社を辞めることへの罪悪感や怖さがある人
- 「普通は」という言葉に何度も傷ついてきた人
他の会社に受からなかったから、なんとなく入った会社に15年いました。
大学4年間はテニスに明け暮れ、卒業も危うかったです。就職活動への本気度も情報収集も足りていなくて、気がついたら「受かった会社に入る」という消去法で社会人になっていました。
同期は100人。システム開発・保守・運用の会社で、私は主に事務作業や協力会社への依頼をこなす立場でした。「自分には開発は無理だ」と最初から決めつけていたので、技術で花開くことはありませんでした。
しんどかったのは、「普通は」という言葉でした。
入社直後の上司が口癖のように言うんです。「普通はこうする」「普通はわかる」。その言葉のたびに、自分の「普通」が削られていく感覚がありました。
もっとしんどかったのは、パワハラ気質のお客様に当たったときです。味方をうまく動かせず、自分で手を動かして、品質は落ち、他チームにも迷惑をかけました。業務遂行責任者の資格を剥奪されました。あの頃の自分は、ただ消耗していました。
それでも15年いたのは、転職が怖かったからです。
転職は優秀な人がするものだと思っていました。努力して、スキルを磨いて、準備万端になってから挑むもの。自分にはまだ早い、と。
コロナ禍で時間ができて、動画や本を読むようになりました。リベシティというオンラインサロンに入り、転職について話す人たちと出会いました。その会話が、今まで職場では一度も経験したことのないものでした。生産的で、前向きで、「会社を変えること」が普通の選択肢として存在していました。
ある日、こんな言葉をもらいました。
「そんなに嫌なら辞めればいい。会社にしがみついているのはあなた自身だよ」
「転職しないのはいいけど、できないのはやばい」
刺さりました。愚痴を言い続けていたのは、辞めない理由を作っていたからだと気づきました。
辞めると決めてから、不思議と前を向いていました。
人事との面談で「もう少し自分でできることがあったかもしれない」とも感じました。でも後悔よりも、次への気持ちの方が強かったです。
結果として、給料は150万円上がりました。転職先でも上司と衝突しました。でも今度は、自分の意見を言えました。それだけで、ぜんぜん違いました。
「会社なんていくらでもある」と思えるようになりました。それだけで、生き方が変わりました。
転職は、優秀な人が努力した先にあるものじゃないと思います。
私はスキルも実績も中途半端なまま転職しました。それでも人生は動きました。
決断した後の道に、嫌なことがないわけじゃないです。でも自分で選んだ道なら、「しょうがない」じゃなくて「そうか、じゃあ次は」と思えます。それだけで、だいぶ違います。
(CTA:後で追加)
金島朋之(チャメ太郎)/フリーライフ合同会社代表 元SIer・ITコンサル 計19年
作成日:2026-06-02


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