客観的に見れなくなってしまう、考え方のバグ
自分のことが一番わからない。それ、バグじゃなくて仕様です。
この記事はこんな人に向けて書いています
- 自分のことを考えると、なぜかぐるぐるしてしまう人
- 転職や進路など、大事な決断ほど判断が鈍くなると感じる人
- 他人の悩みには答えられるのに、自分のことになると急に迷子になる人
他人の悩みには、意外とすらすら答えられる
「どうしたらいいと思う?」
友人にそう相談されると、わりとスムーズに「こう考えたら楽になるんじゃない?」とか「それだったらこの選択肢もあるよ」って言えたりしませんか。
ところが、自分のことになった途端——。
「どうしたいんだろう」
「これでいいんだろうか」
「なんでこんなに決められないんだろう」
なぜか急に迷子になる。
これ、意志が弱いわけでも、思考力が足りないわけでも、ありません。
人間の認知の仕組み上、自分のことは客観的に見えにくくなっているのです。
「自分に一番詳しいのは自分」は、実は幻想
メンタリストDaiGoさんの本に、こんなことが書かれていました。
人は他人に対してのほうが、自分自身のことより的確なアドバイスが出せる。
最初に読んだとき、「え、そんなこと?」と思ったんですが——よく考えると、めちゃくちゃ腑に落ちたんです。
なぜかというと、他人の悩みを聞くとき、私たちは自然と「感情を切り離して」考えられるから。
「怖い」「恥ずかしい」「失敗したら嫌だ」——そういう感情が乗っかっていない分、条件を冷静に整理して、打ち手をパターンで考えられる。
でも、自分のこととなると、感情が思考に混じり込んでくる。
「でも不安だし」「そんなの無理だし」「うまくいかなかったら……」
情報は同じでも、感情フィルターがかかると、思考の輪郭がぼやけるんです。
「自分のことが一番わからない」は、むしろ普通のこと
これを知ったとき、正直すごく楽になりました。
「自分に弱さがあるから、決められないんじゃなかったんだ」って。
自分のことが見えにくくなるのは、自分ごとだから。それだけ真剣に向き合っているということでもある。
だから、「なんで自分のことがわからないんだろう」と責めなくていい。
構造上、そうなりやすいだけです。
じゃあ、どうすればいいのか
一番シンプルな方法は、「他人事として考えてみる」こと。
たとえば、転職を迷っているとします。
そのとき「自分はどうすべきか」と考えるのではなく——
「もし、まったく同じ状況の友人が相談してきたら、自分はどう答えるだろう?」
と視点を変えてみる。
これだけで、思考の解像度がぐっと上がります。
もう少し丁寧にやるなら、今の状況や気持ちをいちど文字にしてみる。
書いた後、少し時間を空けて読み返す。そのとき「第三者として読む」意識で見てみると、案外すんなり「あ、こっちの方がいいな」と見えてくることがあります。
まとめ:自分に厳しくなる前に、視点を変えてみる
- 自分のことが一番わからないのは、仕様です
- 感情が乗ると、思考の輪郭がぼやけるのは自然なこと
- 「他人だったらどう思う?」と視点をずらすだけで、見え方が変わる
- 文字にして、時間を空けて読み返すのも有効な方法
「なんで自分のことがわからないんだろう」と感じているなら、それはすでに自分を理解しようとしているサインです。
迷子になっているのではなく、ちゃんと自分と向き合っている。
そのモヤモヤを、もう少しゆっくり言葉にしてみませんか。
Translation Studio では、「なんかうまく考えられない」「自分でもよくわからない」という感覚を、雑談のような対話の中で一緒に整理していきます。
「視点を変えてみる」その最初の一歩を、一人で抱え込まなくていいです。
※ DaiGoさんの書籍内容は記憶ベースのため、正確な引用ではありません。ご了承ください。



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