この記事はこんな人に向けて書いています
- 人に嫌われることへの恐怖が強い人
- 認めてもらいたくて、頑張りすぎてしまう人
- 合わない環境でなぜか消耗し続けている人
根っこにあったのは、ずっとこれだった
「嫌われたくない」
「衝突したくない」
「認められたい」
振り返ってみると、私の行動の多くはこの3つから来ていました。
意見を飲み込む。無理な依頼を引き受ける。誰かが不機嫌そうだと自分のせいかと考える。
全部、根っこは同じです。
牛丼屋でステーキを求めていた
あるとき、こんなたとえが頭に浮かびました。
「私は牛丼屋でステーキを求めていたんじゃないか」
牛丼屋が悪いわけじゃない。ステーキが食べたい自分がおかしいわけでもない。ただ、求めているものとお店が合っていなかっただけです。
前の職場でずっとモヤモヤしていたのも、同じことだった気がします。
「もっと認めてほしい」「もっとフラットに話したい」「もっと意見を言える場所で働きたい」——でも、その職場にはそういう文化がなかった。
合わない場所で、合わないものを求め続けていました。
動機自体は悪くない
「嫌われたくない」「認められたい」という動機は、実は悪くないと今は思っています。
嫌われたくないから、相手への配慮が丁寧になる。
認められたいから、仕事に誠実に向き合える。
問題は動機じゃなくて、その動機が空回りしやすい環境にいたことでした。
評価されない場所で「もっと頑張れば認められる」と信じ続ける。嫌われたくないから言いたいことを飲み込み続ける。消耗するのは当然です。
合う場所では、武器になる
独立してから、少し変わりました。
自分でお客さんを選べる。価値観が合う人と話せる。「嫌われたくない」から来る丁寧さが、ちゃんと相手に届く場面が増えました。
「認められたい」という気持ちも、自分のサービスへの誠実さとして機能しています。
同じ動機でも、場所が変わるだけでこんなに違うのかと、正直驚きました。
「動機を直す」より「場所を選ぶ」
「嫌われたくない自分を直そう」と長い間思っていました。でも今は、それより合う場所を選ぶ方が先だと思っています。
動機は、あなたの一部です。無理に変えようとすると消耗します。
それが活きる場所に身を置く。それだけで、ずいぶん楽になります。
Translation Studio では、「嫌われたくない」「認められたい」という動機の背景を一緒に整理して、それが活きる場所や関わり方を探していきます。


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